おっれはジャイアーン! ガッキだいしょ〜!! by 剛田たけし | 映画ビジネスに関する私的見解 その4 2002年4月25日(水曜日) : : コメント数(3) 話をもう1回『お金』の本質に戻したい。前に書いたようにお金が価値を表す物ならば、ビジネスの定義って言うのは、 ってことになる。つまり、俺っちの辞書『にっち林』の中にあるビジネスの定義は的を得ていることにはならなりそうだ。そして、映画ビジネスの定義でさえも。 とっても小さなことだけど、先の物々交換を例にだしても、彼らがビジネスをしていた事が分かる。そう価値の交換だ。 例えばもし、米を作った人、白菜を作った人が以下のような取引を行ったとしよう。 白菜爺 米婆 白菜爺 米爺 白菜爺 米婆 白菜爺 米婆 白菜爺 米婆 白菜爺 米婆
『あのスピルバーグ監督が今度は…』 この時の『あの』は、単に何かを指すことを意味しているだけではない。この『あの』には、『誰もが知っている』という意味も含まれる。さらには、『あなた、まさか知らない分けないよね?』という、無知を羞じる気持ちへの刺激さえも含まれている。だからこそ、この『あの』はたったの2文字で価値を生み出した。『みんなが知っているんだよ』という価値をね。もちろんビジネスは単なる言葉遊びじゃない。これはあくまでも『物の例え』さ。 映画の場合、その白菜に本当に“あの”価値があるかどうかは、プロデューサーを含めた製作者陣営の手腕にかかっている。その映画に“あの”を付けて売った映画のビジネスマンが、観客や消費者に詐欺師と取られるかどうかは、実は映画制作者陣営にかかっているのだ。映画プロデューサー、配給会社、マーケッターは、その映画の価値を最大限にお客さんに伝え、映画を見てもらうわけだ。 悲しい事に、これが下手な映画ビジネスマンもいることはいる。一億円ばら撒いて客を呼んだ例が最近あったばかりだ。あれは得策ではない。短期的に効果を発揮することはあれど、映画のマーケティングその物を2つの点で勘違いしている。映画はアセットであり、そのアセットとしての価値を明かに作るものが劇場であるということ。そして映画の観客が、何を基準に映画を見るかと言うことだ。 上手い映画ビジネスマンはその映画の持つ価値を最大限に引き上げる。つまり、映画制作者が作った映画その物の持つ価値を極限まで引き出して、観客を劇場へと呼んでくれる。まさに優れた料理人だ。素材の味を、生かしに生かすのさ。 続く… |
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