馬で行くことも、車で行くことも、二人で行くことも、三人で行くこともできる。だが、最後の一歩は自分ひとりで歩かなければならない。 by ゲーテ | 映画留学は駅前留学? その4〜ホグワーツ編 2002年4月20日(土曜日) : : コメント数(0) 前回挙げたビッグネームの方々にも知識と経験はある。そしてそれらは現在の彼らの武器の一部分になっている。だけど、あのステージに立つ前、あのステージにたつ前に、彼らはそのステージに立てるほどの知識と経験を有していたか?そしてそれは彼らをそのステージに導く要因となり得たか? 前にも書いたけど、映画学校は知識をと経験を与えてくれる。そして『名前』への依存も。ただ、それは俺っち達をビッグスクリーンに運ばせる要因ではない。知識と経験がビッグスクリーンへの強力な要因となるなら、今ごろ何億人の映画人がビッグスクリーンでの上映を果たしているはずだ。しかし現実は違う。 学校名やハリウッド映画留学と言う『名前』への依存はいつか確実に絶ち切る必要がある。そして新たに違う思考パターン、行動パターンを作り出す必要がある。それが前回言った『肝心なもの』なのさ。 ただその『肝心なもの』が何かを俺っちがいう事は、あまりにも無責任だ。ビッグスクリーンを捕らえていない人間が発言する『肝心なもの』は、映画評論家の『素晴らしい映画の作り方論』以上に頼りない。そしてその『肝心なもの』は人それぞれ独特で、1つの場合もあれば2つ・3つ、さらにたくさんの場合がある。ただ、その『肝心なもの』は確実に存在し、理解し・行動している学生はほとんどいない、と俺っちは思う。 映画学校に留学することは、英会話学校へ入学する事と似ていると述べた。さらに、俺っちが例えてあげる!映画学校に留学することは、ハリーポッターのホグワーツ魔法学院に入学することに似ている。 その魔法学院で俺っち達は、しこたま魔法のかけ方を学び、自分が経験したことのない未知の世界を冒険する。色々な仲間を作り、ワクワクし、ドキドキし、笑顔と健やかな疲れが心を満たす。新しいホウキを買えば、がむしゃらに嬉しいし、夜眠る時まで頭は楽しさでいっぱいだ。 ただ、その実、俺っち達は、罠にはまっている。魔法を学んでいるように見えて、実はずっと魔法をかけられているんだ。映画留学に関して言うならば、その魔法は確実に解ける。その魔法が解けた時に、俺っち達に残されているのは、貴重な思い出と、プロとして働いていないという現実だ。 ホグワーツではこう教えるだろう。『あなたもいつか偉大な魔法使いになれますよ』と。だが、その実、偉大な魔法使いになれるのは一握りに満たない。 もし、俺っち達がホグワーツに入ることだけを願っていたり、魔法使いとなって魔法省などに務めたいならば、『名前』への依存も、知識と経験への肩入れも問題ないかもしれない。ただ、そうでないならば、ホグワーツ魔法学院には、いつか見切りをつけ、『肝心なもの』を理解する必要がある。そう思うのさ。 まー変なことをつらつらと書いてしまったね。ただ、俺っちは確実にこの罠にはまった時期があったし、魔法から抜け出せない時期があった。だけど今は、ホグワーツを卒業したと思っている。魔法は解けたと思っている。 成功した人間が語る成功論は俺っち達には当てはまらないケースが多い。どこの誰が『私は才能があったから成功しました』とか『私はハンサムだから彼女をゲットできました。』とか言うんだ?実際は、その人が独特に持つ要因(才能・体型・声色でさえも)が成功への助けとなっているケースが多いのに。 でも、失敗論は、それよりも当てになる。人が失敗し、そしてそれを公に話すときには、その人はその失敗から学んでいる。そして自分なりに決着を付けている。だからこそ正直に伝えてくれる。さらに、物事の失敗の多くは、結構単純で避けられる物であることが多いんだ。 四回に渡って書いた今回のコラム『映画留学は駅前留学?』は、俺っちの失敗論、もとい、失敗録だ。その失敗録の締めくくりとして、俺っちは神様にお願い事をしておくよ。 “名前を言ってはいけないあの人” に立ち向かえますように… 終わり |
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