世の人は 我をなんとも いわば言え わがなすことは 我のみぞ知る by 坂本龍馬 | 映画留学は駅前留学? その2 2002年4月18日(水曜日) : : コメント数(4) なぜ今更こんなことを書いたか?それは俺っちが昔、とんだ勘違いをしていたからだ。そして悲しい事に、これは俺っちだけの勘違いではない。さらに、これから映画留学をする人も、俺っちと同じ勘違いをする可能性がある。 映画留学をして、実際に映画のクラスを取り始める。クラスには実際のプロダクションを幾度となく経験している人もいれば、脚本がオプションされた人間さえいる。歩けば、業界人に出会い、誰それは誰それの友達だったりする。それはまさしく夢の世界だ。日本にいる時とは全くの別世界だ。ハリウッドがこんなにも身近に感じられるんだから。 そんな中にいて、俺っちの頭の中に『ああ、これで俺は映画を作ることに近づいたんだ』なんて安心感が生まれた事があった。あからさまでないにしても、多かれ少なかれ、ここに言う『安心感』を感じる人は多い。そしてこの安心感は、留学初期には『やる気』となって俺っち達を進ませる。 ただ、その『安心感』をいつまでも持ちつづける人もいる。これはもちろん、日本人だけでなく、どの国から来た、どの国民であろうと、この根拠のない安心感をもち続けている人が多い。 8mmやDV(デジタルビデオ)で初めて映画を作る。自分の映画を作ることが出きる。みんなと協力し、自分が考えたスクリプトで、あのテレビで見た映画制作現場のミニチュア版を体験できるわけだ。制作現場ではみんなの顔が輝いている。はちきれそうな笑顔と、心地よい疲労。そしてこの上ない快楽。嬉しい。嬉しい。ああ、嬉しいさ。これこそ、俺っち達が求めていた創作活動…だろうからね。 ただ、その嬉しさで満足している学生には、悲しみさえ感じる。より多くの嬉しさを感じたいと思うのは俺っちだけではないはずだ。友達の家のテレビで自分達のデイリーを見て、みんなで誉めあったり、けなしあったりすることは、サークル活動みたいで楽しい。友達の家の白い壁にプロジェクターで投影されたDV映像は、なぜかフィルムっぽく感じられ、『ああ映画を作ることが出来た』と感じられて、満足感を覚える。 これが至極危険だ。『嬉しさ』は最高級の宝物だ。だけど『安心感』は危険だ。8mmとDVの撮影を繰り返していれば、いつかビッグスクリーンで自分の映画が上映されるという、勘違いも甚だしい『妙な安心感』が危険だ。俺っちは確かにこれを感じた事があった。今考えると、苦笑いだけどね。技術と経験さえ積めば、いつかあの場所に立てるんだ…その安心感。 映画学生の多くは、自らの技術を鍛錬する事に集中する人が大半だ。そして映画学校は、この部分で責任と効果を持つ。ただ、ビッグスクリーンとなると話は全く別だ。 映画学校の多くは、教室の壁などに『成功した学生』の写真やコメントを張りつける。『さぁ、これであなたの成功も間違いない!』と言っているのか?はたまた『あなたもこの場所へ立てるかしら?』なんていう兆戦状か? ん?そういえば、似たような物ををどこかで見たことがある… 『これであなたも英語がペラペラになる!』 似ていると思うのは、俺っちだけだろうか? 続く… |
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