楽しい顔で食べれば、皿一つでも宴会だ。 by ブルデンチウス | 親父をパパと呼んでいた頃 2001年6月11日(月曜日) : : コメント数(182) アメリカで生活していると、小銭のウザさに気がつく。クオーター(25セント)はよく使うんだけど、ダイムやニッケルなんて使ったためしがないのさ。そんな小銭を、俺っちは貯金箱に全て入れる。ポケットの中にたくさんたまった小銭を鷲づかみにして取り出した時、ふと昔のことを思い出した。 俺っちの親父は会社の社長さんだったのだ。そう、落ちぶれてももと上流階級。 ちなみに、オレッチ、母方から沖縄琉球貴族の血を受け継いでいる。時代が時代なら俺っちは… 『苦しゅうない、近うよれ!』 をしていたはずさ。 ま、そんなことはいいとして、俺っちの親父の会社は幼稚園の時に倒産した。なぜ倒産したのか、諸説入り乱れているが、俺にそんなことは関係ない。結果として倒産した。 その会社が倒産する以前、親父は給料日になるとわざと給料を小銭に崩してきた。なぜかって?俺っちと姉のまみちゃんが喜ぶって知っていたのさ。 俺っち達は“パパ”が帰ってくると、その給料袋一杯に入った小銭をじゅうたんの上に全部ジャラーって出すんだ。そしてそれを、俺っちとまみちゃんで取り合い。一杯とって貯金箱に入れるのさ。これがまた面白かった。 今でも小銭をたくさん見ると、あの時のことを思い出す。ちょっとした“パパ”との思い出話。 |
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